つつつ

CoCo壱童貞の私と滑舌の悪い友人Yの話。

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あれは冬に入って間もない頃だった。

 

 

当時中学2年の私は、友人Xと滑舌の悪い友人Yと夕飯を食べる約束をしていた。

 

 

3人とも塾に入っており、19時から各々授業が始まる。

 

 

 

時計を見ると18時をまわっていた。冬の日の入りは早い。空を見上げると既に月が出ており、他は黒く塗りつぶされていた。

 

 

 

暗い空とは対称的に街は飲食店の光で眩しく照らされていた。

 

 

 

はてさて何にしようか、、、

 

 

 

身を縮こませ、手を擦りつつ考える。

 

 

 

 

定番のラーメンか安い定食屋かはたまた、、、

 

 

 

その時、友人Xが

 

 

 

CoCo壱にしよう!」

 

 

 

 

と、提案した。なるほど、寒い夜にはスパイスがピッタリって訳か。

 

 

 

しかし、私は少し身構えた。当時私はCoCoに、いやカレー屋に行ったことがなかったからである。

 

 

 

「カレー」という食べ物は「おふくろの味」の代表格であり、母親が作るものが唯一無二のものだ。ましてや、わざわざ外で食べるものでは無い。と、思っていた。

 

 

 

牛肉教、鶏肉教、豚肉教...そこからさらに

枝分かれし

 

 

 

バーモンド派、こくまろ派、ジャワ派...

 

 

 

それぞれの家庭にそれぞれの味があり、牛肉教バーモンド派の私にとっては、なんの教徒だか分からない外来種のカレーを口に運ぶのには何かしらの抵抗があった。

 

 

 

 

長々と語っているが、要は私はCoCo壱童貞であったのだ。

 

 

 

前々から少しは気になってはいたが、童貞であるが故に冒険ができず、ただただCoCo壱を横目に通り過ぎていたのである。

 

 

 

 

一抹の不安を抱えながら入店した。

 

 

 

 

カウンター席を促され、席につき、徐にメニューを開いた。

 

 

 

そこには全ての宗教が手を取り合った世界が広がっていた。

 

 

 

先に述べた牛肉教、鶏肉教、豚肉教をはじめ、

 

 

 

魚介教、野菜教など自分の知らない異端の宗教ががそこには記されてあった。

 

 

 

鶏肉教だけでも、チキン煮込み派・フライドチキン派・チキンカツカレー派など、さらに細分化していることに驚かされた。

 

 

 

圧倒的異世界。圧倒的ディスアドバンテージ。

 

 

 

14年間生きてきて自分は井の中の蛙だった。

 

 

 

 

どれを選べばいいのかさっぱり分からなかった。

 

 

 

メニューの多さが僕の思考を惑わせる。

 

 

 

普通ならビーフカレーを選ぶであろう、しかし他の宗派の勧誘がしつこい。どれも美味そうなのだ。

 

 

 

そう、それはまるで絵踏みをされているような感覚。異教徒なのかどうかを選別しているのだ。恐るべしCoCo壱

 

 

 

 

常連(CoCo壱ヤリ〇ン)であるらしい友人XとYはもう既に決めたらしい。

 

 

 

 

飲食店における「常連」は格別にかっこいい

 

 

 

 

俺はお前らとは違うんだ。

 

 

 

 

と言わんばかりの覇気を放つのだ。

 

 

 

 

齢14の中学二年生である。自分がCoCo壱童貞であることがバレたくないという変な反抗心が生まれ、いつものにするわ。と言わんばかりのドヤ顔でベルを押した。

 

 

 

 

結局選んだのは手仕込みトンカツカレーだった。

 

 

 

僕は屈した。おふくろの味を捨てたのだ。カツカレーに勝てるわけがなかった。

もちろんビーフカツもメニューにあった。

しかし、カツといえばトンカツだろうという固定概念から踏み絵を踏んでしまったのだ。

牛肉教失格である。

 

 

 

次にご飯の量と辛さを聞かれたが、童貞に量も辛さもわかる訳もなく「普通で。」と言った。

 

 

 

次に友人Xが頼み、最後にYが頼もうとした。

ここで事件が起きたのだ。

 

 

 

友人Yはカレーだけでなく、トッピングで「半熟タマゴ」を頼んだのだ。

 

 

 

 

半熟タマゴ、、、?カレーに?

 

 

 

僕の思考は一気に停止した。半熟タマゴ派なんて聞いたことがない。

 

 

 

自分が無知なのか?それともコイツの味覚がおかしいのか?

 

 

 

両方の気持ちを抱きつつYに尋ねた。

 

 

 

「お前はカレーに半熟タマゴをかけるのか?」

 

 

 

やや煽るような態度であったかもしれない。

 

 

 

 

しかしこれぐらい強気で行かなければならない。思春期真っ只中。私が正しいに決まってる。

 

 

 

滑舌の悪い友人Yはその時だけ流暢にこう言った。

 

 

 

「お前、半熟タマゴの素晴らしさを知らないのか?最初はカレーの味を楽しみ、途中から半熟タマゴを掛けてまろやかにするのさ。」

 

 

 

私の問はどうやら前者だったようだ。

 

 

 

崖から落とされたような感覚。

 

 

 

僕なんか最初から勝てる相手じゃなかったのだ。コイツはヤリ〇ン、僕は童貞。

 

 

 

カレーの気持ちなんて考えたことがなかった。

ましてやアプローチの仕方なんて、、、

 

 

 

自分より数段先の世界を見る彼がカッコイイと思ってしまった。

 

 

 

何度もCoCo壱に行くにつれ自分に1番合う宗派、流儀まで決めているのか。

 

 

 

そこから私達は談笑し始め、和気あいあいとしていた。

 

 

 

しばらくしてカレーが運ばれてきた。

 

 

 

慣れた手つきで店員は僕の頼んだ手仕込みトンカツカレー、友人X・Yの頼んだカレーをそれぞれ置き、机の真ん中に小鉢を置いた。

 

 

 

小鉢には真っ赤に熟れたトマトがあった。

 

 

 

3つのカレーに囲まれた紅一点のトマトが作り出す彩に3人は目を奪われた。

 

 

 

3秒ほど固まって、友人Xが口を開いた。

 

 

 

「こんなの誰か頼んだ?」

 

 

 

私も友人Yも首を振る。

 

 

 

30秒ぐらい各々考えたがやはり頼んだ覚えがない。それに友人Yが頼んだ「半熟タマゴ」がまだだった。

 

 

 

何かしらの手違いがあったのだろう、滑舌の悪い友人Yが店員を呼んだ。

 

 

 

「あの~、僕半熟タマゴを頼んだんですが、、、」

 

 

 

声を詰まらせながら言う。

 

 

 

店員は平静を装ったが「しまった」と言わんばかりのシワが目に寄る。

 

 

続けてYが

 

 

「これはなんなんですか?」と問う。

 

 

すると店員はこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらは完熟トマトになります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完熟...トマ...ト?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の間をを置いて全てを理解した私達は爆笑の渦に包まれた。

 

 

 

友人Yの滑舌の悪さが故に店員は

「半熟タマゴ」と「完熟トマト」を聞き間違えたのだ。

 

 

 

そんなミラクルがあるだろうか。

見事に韻が踏めているではないか。

 

 

 

小一時間笑いが止まらなかった。

 

 

 

あんなに流暢にしゃべっておいて注文を間違えるとは。

 

 

さっきまでドヤ顔だった友人Yの顔は文字通り完熟トマトのように真っ赤になっている。

 

 

 

いや、ダサい。普通にダサすぎる。

 

 

 

 

半信半疑でメニューを調べると

 

 

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しっかりとそこには完熟トマトが載ってあったのだ。

 

 

 

それでまた小一時間笑えた。

 

 

 

この面白いミラクルにも拘らず、店員は表情を変えずサッと一礼して半熟タマゴと取り替えてくれた。

 

 

 

さすがサービス業。接客マナーがしっかりしているな~と、感心しているマセガキだったがここで新たな疑問が生まれた。

 

 

 

そもそも「トッピングにトマトとはなんだ?」

 

 

 

半熟タマゴの説明は友人Yのお陰で納得した。

 

 

 

まろやかさを追求するために卵を使うのはすき焼きでも同じだし、途中から使うのは要は味変と呼ばれるものだろう、と。

 

 

 

しかしトマト、、、?

 

 

テレビで途中で使うのは聞いたことがある。

 

 

 

しかし、後がけなんて聞いたことがない。完熟しすぎて原型を留めてないトマト。

 

 

 

これには友人XもYも戸惑ったようだった。

 

 

 

トマトから得られるもの、、、酸味?

 

 

 

カレーに酸味は必要なのか?

 

 

 

終始この議題を論じつつカレーを口に運んだ。

 

 

 

塾の時間が近づいている。結論は出ず、私はカレーをかき込みCoCo壱を後にした。

 

 

 

カレーのスパイスと笑いの興奮で身も心も温まった。

 

 

 

今でも私は時々CoCo壱を利用する。

 

 

その度に半熟タマゴを頼む。

 

 

 

友人Yの世界観は正しかった。CoCo壱に来た時は半熟タマゴ無しではいられなくなった。

 

 

 

カレーを口に頬張りつつ、ふと、完熟トマトの用途を考えたりするのだ。

 

 

(完)